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東京地方裁判所 平成2年(ワ)3802号 判決

原告

大谷なか

原告

梅景裕司

被告

株式会社エイワ

右代表者代表取締役

木ノ内伸幸

被告

木ノ内伸幸

右被告両名訴訟代理人弁護士

道家淳夫

高木徹

右訴訟復代理人弁護士

橋本敬

被告

塚田曽二郎

右訴訟代理人弁護士

高岡香

主文

一  被告らは、各自、原告大谷なかに対し、金六〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告大谷なかのその余の請求及び原告梅景裕司の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告大谷なかと被告ら間に生じた分は、これを一〇分し、その三を被告らの負担とし、その余を同原告の負担とし、原告梅景裕司と被告ら間に生じた分は、同原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告らのそれぞれに対し、各金二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

原告両名は、昭和六一年三月二五日、商業印刷等を営む被告株式会社エイワ(以下、被告会社という)に雇用され、原告梅景裕司(以下、原告梅景という)は、写真製版の校正作業に、原告大谷なか(以下、原告大谷という)は、同焼付及び校正助手としての作業に、それぞれ従事していた。

被告会社は、昭和六二年七月二九日、原告両名を懲戒解雇(以下、本件懲戒解雇という)した。

二  訴訟物

原告らは、本件懲戒解雇は、原告梅景については、勝手に被告会社指定以外の病院で有機溶剤であるインク洗浄液の吸入による健康被害の検査及び診断を受けたこと、原告大谷については、現像液を流出させたこと等を理由としているが、原告梅景については、任意の病院を選択して検査及び診断を受けるのは当然の権利である、原告大谷については、現像液を流出させたことはないと主張し、本件懲戒解雇は、違法なものであるとして、被告会社及び被告会社の共同代表取締役である被告木ノ内伸幸(以下被告木ノ内という)及び同塚田曽二郎(以下、被告塚田という)に対し、共同不法行為を原因として慰謝料二〇〇万円の損害賠償を求めた事案である。

三  争点

共同不法行為の成否、すなわち本件懲戒解雇に違法性があるかどうか、本件懲戒解雇をなすについて被告らに故意・過失があったかどうか、及び慰謝料の額が争点である。

(一)  争点に関する原告らの主張

〈1〉 被告塚田は、原告両名を雇用するに際し、残業は、一月につき二、三回にとどめる旨約束したにもかかわらず、原告両名は、被告会社に入社後、毎日のように残業を強いられ、翌日未明に及ぶまでの深夜労働を強いられることもまれではなく、しばしば休日出勤もした。

しかるに、被告会社では、原告らの入社当時、三六協定の締結もなく、実質的に時間外勤務や休日勤務に対する割増賃金の支給もなかった。

〈2〉 被告塚田は、原告両名を雇用するに際し、昭和六二年春の役員会で原告両名を昇給させる旨約束しながら、これを履行しなかった。

〈3〉 原告両名は、一五坪程の校正作業室内で、インク洗浄剤である二種有機溶剤トリクロロエタン等の劇薬液の蒸気を吸入しながら作業をしなければならなかったが、右有機溶剤は、その蒸気の暴露・吸入により、人の中枢神経を冒し、重症の場合は、死亡に至らしめたり、慢性中毒症状をもたらすこともある有害物質である。それゆえ、有機溶剤中毒予防規則(以下、規則という)は、事業主に対し、排気設備、環境測定、健康診断、作業主任者専任等の安全衛生管理義務を課している。ところが、被告会社では、右作業室に、右規則に基づく、蒸気発生源からのダクト及び換気扇等の有効な排気設備を設けておらず、有機溶剤作業主任者もいなかった。また、原告らに対し、一度も健康診断を実施しなかった。

〈4〉 原告梅景は、昭和六一年九月二三日、被告会社において就業中、階段を踏み誤って転倒する事故により、全治三か月を要する鎖骨骨折等の傷害を負った。しかるに、被告会社は、同原告に就業を強いたうえ、同原告に対する賃金の支払を免れようと企て、労働基準監督署長に対し、不正に労災保険給付請求をなした。被告会社は、同原告に対し、右給付を受けるまでの間、昭和六一年一〇月及び一一月に各二五万円を、労災保険金の立替金名下に支払ったが、同年一二月、これを返済させた。

〈5〉 原告両名は、昭和六二年五月頃から、被告会社らに対し、内容証明郵便等をもって、残業時間の短縮、時間外手当の支給、規則に基づく安全衛生管理義務の実施、原告梅景に対する労災保険の不正受給の是正等、労働条件の改善を要求し、要求に対し、書面で回答するよう求めた。

〈6〉 しかるに、被告会社は、原告らの右労働条件改善要求を不快とし、原告大谷については、昭和六二年七月七日頃、同原告が現像液を流出させたとの虚構の事実をもって、原告梅景については、同原告が有機溶剤の蒸気吸入による健康被害について専門病院で精密検査を受けるべく、欠勤届を提出して欠勤したのに対し、勝手に被告会社指定以外の病院で検査・診断を受けたとして、前記のとおり、昭和六二年七月二九日、原告らを懲戒解雇したものである。

(二)  争点に関する被告らの主張

〈1〉 被告会社は、昭和六一年四月、製版部門に校正係を新たにもうけることになり、原告らを雇入れたものである。原告らの入社当時、被告会社は急拡大した会社であったため、就業規則、賃金体系、三六協定が未だ確立していなかったが、給与については、原告らの前の職場での給料を参考にし(被告塚田によれば、前の職場より一、二万円程度多額にした。)、これを基本給と時間外手当とに分け、時間外労働のいかんにかかわらず、原則として右合計の固定給とすることで合意していた(〈人証略〉)。

被告会社では、昭和六二年四月に原告各自につき一万円宛昇給させており、残業や昇給について、昭和六二年五月に至るまで苦情はなされなかった(〈人証略〉)。

印刷業者は、納期の関係から残業しなければならないことが間々あり、原告らもこれを十分承知していた。また、残業が多かったのは、原告梅景が昼間から飲酒していたため、作業速度が遅かったことによる(〈人証略〉)。

〈2〉 トリクロロエタンは、低毒性の物質であり、被告会社での使用状況では、急性中毒症状も慢性中毒症状も生じない(〈人証略〉)。

校正作業室には、三か所に換気扇、二か所に出入口があり、被告会社では、換気扇は常時作動させ、出入口はつねに開けておくようにと指導していたが、原告らは、出入口は常時開けていたものの、換気扇は、インク洗浄剤であるトリクロロエタン(商品名ウルトラクリン)を使用する際、一か所だけしか作動させなかった(〈人証略〉)。

〈3〉 原告梅景が、昭和六一年九月二三日、階段を踏み外して転落したのは、相当量飲酒した上での事故であった(被告ら)。被告会社は、同原告に対し、休業するよう勧めたが、同原告は、時々出社していた(〈人証略〉)。被告会社としては、原告梅景にとって有利と考え、同原告の意向も確認して労災保険給付の請求を行い、同給付がなされるまでの間、同原告に対し、善意で合計五〇万円を立替え、後日、これを精算したものである(〈人証略〉)。

なお、被告会社では、後日労働基準局長の指示により、労災保険金中、休業補償給付金を原告梅景に代わって返戻している(〈人証略〉)。

〈4〉 昭和六二年四月頃、被告会社の帳簿を何者かがコピーし、社員の目につく場所に置いていたため、会社役員、社員全員の給与が原告らの知るところとなり、役員らとの給与差を感じた原告大谷らが同年五月から被告会社らに対し、内容証明郵便により、種々の要求をなすようになった(〈人証略〉)。

被告木ノ内、同塚田らは、原告大谷に対し、何度か話合の機会をもとうとしたが、同原告は、返事は全て文書で出すよう要求し、話合による解決を拒否した(〈人証略〉)。

〈5〉 被告会社では、昭和六二年五月以降、労働基準監督署の指導の下に、三六協定を締結し、また就業規則、賃金規定を作成し、同年七月一日頃にはこれを施行している。三六協定の締結に先立ち、被告会社では、昭和六二年六月一六日午後一時頃、労働者代表者の選出を行おうとしたが、原告大谷は、給与体系ができていない等と異議を述べて議事妨害し、右選出を不能ならしめたことがあった(〈人証略〉)。

また、被告会社は、昭和六二年五月一八日、医療法人社団高田馬場病院(以下、高田馬場病院という)との間で、産業医嘱託契約を締結し、原告らに同病院で受診するよう勧告した。

そして、同年八月四日、被告塚田は、有機溶剤作業主任者の資格を取得した(〈人証略〉)。

〈6〉 原告大谷は、他の社員に対し、「この会社はもうすぐ倒産するから他の会社に移った方がいい」などといって社員を不安に陥れ(〈人証略〉)、昭和六二年七月六日には、現像液の廃液の管理を怠り、下水に流出させた(〈人証略〉)。

被告会社は、昭和六二年七月七日、原告大谷に対し、出勤停止二週間の懲戒処分をした(〈人証略〉)。

〈7〉 原告梅景は、昭和六二年六月二〇日午前八時五〇分頃、酒気を帯びて被告会社取締役森田一也(以下、森田という)に対し、「塚田のタイムカードを付けないのはどういうわけだ」と声を荒げて詰め寄り、同人の説明に耳を貸さず、「てめえ、ふざけやがって、話があるからちょっと来い」と怒鳴った。

また、同原告は、昭和六二年七月六日午後七時頃、被告会社に電話し、応対に出た女子社員訴外菰田都(以下、菰田という)に対し、「公害問題で役員を出せ」といい、同人が「不在中ですが、あなたの用件は」と尋ねると、「てめえぶっ殺してやる」等と強迫した。同人は、原告梅景が出勤すれば何をされるかわからないとおびえ、翌七、八日と欠勤した(〈人証略〉)。

〈8〉 原告らは、健康診断を受けるため欠勤すると申し出たため、被告会社は、前記高田馬場病院を受診するよう勧めたところ、原告らは、同病院での受診を拒否した。そこで、被告会社は、原告らに対し、任意の病院で受診してもよいが、欠勤するのであれば、診断書を提出するよう求めた。しかし、原告らは、診断書の提出をしないまま欠勤を続けた。(〈人証略〉)。

〈9〉 原告らの右非違行為に対し、他の従業員らから原告らをやめさせるよう求める声が上がり、被告会社は、原告らと雇用関係を継続することは、もはや不可能であると判断し、就業規則(空白)条、従業員としての体面を乱し、又は会社の名誉を傷つけた時(一号)、会社の規則又は業務命令に違反したとき(二号)、業務上の秩序又は職場の規律を乱す行為があった時(三号)に該当するので、就業規則七七条四号により、昭和六二年七月二九日、原告らを懲戒解雇処分に処した(〈人証略〉)。

〈10〉 なお、被告会社は、懲戒解雇後、労働基準監督署の是正勧告に従い、原告らに対し、三〇日分の解雇予告手当を支払った(〈人証略〉)。

第三争点に対する判断

一  認定事実

(一)  原告らの入社について

原告両名は、もと勝美校正に勤務していたが、原告梅景は、被告会社の共同代表取締役であった被告塚田に校正技術者としての能力を見込まれ、同被告の勧めにより、昭和六一年三月二五日、被告会社に入社した。被告会社では、製版部門に新たに校正係をもうけることになったため、原告らを雇入れたものである。

被告会社に入社後、原告梅景は、写真製版の校正作業に、原告大谷は、同焼付及び校正助手としての作業に、それぞれ従事していた(〈人証略〉)。

(二)  勤務条件について

被告会社への入社の際、被告塚田は、原告らに対し、給料については、原告両名が勝美校正で受給していた給料より約一万円多く支給する旨告げ、昭和六一年四月分の給料については、原告梅景は、基本給二一万八〇〇〇円のほか、時間外手当一五万二〇〇〇円、食事手当五五〇〇円、休日出勤手当二万四四〇〇円等であるが、公租公課等を控除され、手取額は、三一万四六一〇円であった。また、原告大谷は、基本給一六万三〇〇〇円のほか、食事手当五五〇〇円、休日出勤手当一六万三〇〇〇円等であるが、公租公課等を控除され、手取額は、一四万七七〇五円であった(〈証拠・人証略〉)。

(三)  残業等について

被告会社の就業時間は、午前九時から午後六時までであったが、原告両名は、入社後、毎日のように早出・残業をし、翌日未明に及ぶ深夜残業をすることも稀ではなく、昭和六一年四月は、労働日数二五日、日平均労働時間一二・二時間、深夜労働六回であり、同年五月は、同二八日、同一一・二時間、同一回であり、同年六月は、同二五日、同一二・八時間、同五回であり、同年七月は、同二五日、同一一・七時間、同二回であり、同年八月は、同二六日、同一三・五時間、同八回であり、同年九月は、同二二日、同一一・八時間、同二回であり、その後も右同様の就業状況であった。

また、休日労働も一月に一回以上していた。

これに対し、被告会社では、原告梅景に対し、前記定額の時間外手当を支給したのみであり、原告大谷に時間外手当の支給はなかった(〈証拠・人証略〉)。

(四)  原告梅景の労災保険金受給について

原告梅景は、昭和六一年九月二三日午後二時三〇分頃、休日出勤をしていた際、階段を踏み誤って転倒し、全治約三か月の鎖骨骨折の傷害を負った。しかし、同原告は、右事故後約三日間休業したのみで、出勤していた。但し、同原告は、後記労災保険給付請求における休業期間終期である昭和六一年一二月一五日までの間、二〇日間しかタイムカードを打刻しなかった。

被告会社は、右事故について、飯田橋労働基準監督署長に対し、労災保険(療養補償給付及び休業補償給付)の給付請求をなし、昭和六一年一一月二八日から同六二年一月一二日にかけて、原告梅景に対し、休業補償給付金六四万九五二〇円及び特別支給金二一万六四八〇円、合計八六万六〇〇〇円の支給がなされた。

この間、被告会社では、原告梅景に対し、昭和六一年一〇月及び同年一一月に各二五万円を、労災保険金の立替名下に支払ったが、同年一二月の給料支給日にこれを返済させた。

後日、原告らの申立により、右労災保険金の受給は、原告梅景が就労していたにもかかわらず、療養のため休業していたと虚偽の証明を行ったものとして不正受給とされ、昭和六三年九月頃、被告会社は、右保険金を原告梅景に代わって返戻した(〈証拠・人証略〉)。

(五)  労働衛生環境について

原告らは、校正機、焼枠、ライトテーブル、PS版自現機の据付けられた約一五坪の校正作業室で就労していた。同作業室には、出入口が二か所、換気扇が三か所に取りつけられている。

原告らは、一日に約七回、一回に約五分間位、インク洗浄液である第二種有機溶剤の一―一―一―トリクロロエタン(商品名ウルトラクリン)を使用することがあった。原告らは、出入口二か所は常時開けていたが、換気扇については、インクが乾くとして、二か所をダンボール紙で塞ぎ、一か所だけしか作動させなかった。

有機溶剤中毒予防規則は、事業主に対し、換気設備、環境測定、健康診断の実施、作業主任者選任等の義務を課している。なかでも、換気設備については、有機溶剤蒸気の発生源ごとに、発生源の直近から、フード、ダクト、ファンをもって吸引して排気すべき旨定めている。

一―一―一―トリクロロエタンは、各種塩素化炭化水素のうちでは、毒性は低い物質とされ、その蒸気は弱い麻酔性を有する。そして、その蒸気の吸入、皮膚や粘膜との接触によって生体に吸収されるが、ほとんど大部分が変化せずに呼気中に排出され、人体組織に対しての障害はない。しかし、高濃度の蒸気を吸入したとき、その麻酔性による障害が起こる。すなわち、高濃度(八〇〇ないし一〇〇〇PPM)の蒸気を含んだ環境では、強いにおい及び眼に刺激を感じ、麻酔性により、軽度の運動不整や平衡感覚の喪失が起こる。一七〇〇PPM以上の高濃度では、明らかに平衡感覚に障害が認められ、頭痛や倦怠感が起こる。換気されていないタンク内での作業のように、非常に高濃度(数千PPM)の蒸気を含んだ密閉された環境では、中枢神経の機能低下と呼吸停止により死亡することもある、とされる(〈証拠・人証略〉)。

(六)  原告らの昇給

昭和六二年四月から、原告両名の基本給が各一万円昇給となり、原告大谷には、時間外手当二万円(〈人証略〉は、これを職能給という。)が支給されることとなった(〈証拠・人証略〉)。

(七)  原告大谷の要求について

昭和六二年五月頃、被告会社の従業員が会社の帳簿をコピーし、役員を含め、従業員全員の給料額が原告ら従業員の知るところとなった。

そこで、原告大谷は、昭和六二年五月一七日、被告会社に対し、被告会社では、劇薬を使用しているにもかかわらず、公害責任者もおらず、原告大谷らが定期健康診断の実施要請をしたのに未だ実現していないなどと指摘したうえ、〈1〉原告梅景の前記労災事故療養中の約三か月間、勤務手当が支給されていないが、無料奉仕させられた結果となっているのではないか、〈2〉会社は、「二〇〇〇万円の赤字だからもっと働かなければ」といったが、その確証が知りたい。社内の雑談によれば、役員の給与は高すぎると思う、〈3〉午後八時頃まではほとんど働き、仕事の都合で深夜まで働いているが、午後八時を過ぎれば弁当代が五〇〇円当てがわれるのみで、残業手当が一切支給されていない。このようなことが許されるのか、〈4〉会社が提示した給与改定案のなかで、職能給と功労金の意味が分からない、〈5〉会社は、五月二日に行われたゴルフに参加するために原告大谷に時間外勤務を要請したのではないか、との五項目にわたる質問をなし、その回答を文書でなすよう求める手紙(〈証拠略〉)を送った。

被告会社では、右手紙に対する回答をしなかったところ、原告大谷は、昭和六二年五月二二日付(被告塚田に対するもの、〈証拠略〉)、同年六月四日付(被告会社工場長であった中村に対するもの、〈証拠略〉)、同月八日付(森田に対するもの、〈証拠略〉)、同月一五日付(被告塚田に対するもの、〈証拠略〉)、同日付(森田に対するもの、〈証拠略〉)、同月二一日付(被告会社に対するもの、〈証拠略〉)、同月二六日付(森田に対するもの、〈証拠略〉)、同年七月六日付(被告会社に対するもの、〈証拠略〉)、合計八通の内容証明郵便を次々と送りつけ、昇給約束の不履行、劇薬使用に対する対策、時間外労働の強要、原告梅景の労災事故後、同原告に労働を強いたこと、同原告の労災保険受給の不正、時間外手当の不支給、定期健康診断の不実施等に関する質問、要求をなし、その回答を書面でなすよう求めた。

被告会社では、右各内容証明郵便に対しても回答をしなかった(〈証拠・人証略〉)。

(八)  被告会社のとった措置について

被告会社では、原告大谷の右要求もあり、池袋労働基準監督署の指導の下に、就業規則(〈証拠略〉)、給与規定(〈証拠略〉)、退職金規定(〈証拠略〉)等を作成し、昭和六二年七月一日からこれを施行した。

また、三六協定を締結するべく、昭和六二年六月一六日午後一時頃、労働者代表の選出を行おうとしたところ、原告大谷が給与体系ができていないなどと異議を述べたため、選出に至らなかったが、同日午後五時頃、再度選出を行い、訴外高橋明夫が右代表に選出された。このとき、原告両名は、投票を棄権した。そして、三六協定の締結及び届出がなされた。

被告塚田は、昭和六二年六月初旬頃、有機溶剤作業主任者の資格を取得するべく講習を申込み、同年八月四日、右資格を取得した。

被告会社は、昭和六二年五月一八日、高田馬場病院との間で産業医嘱託契約を締結した(〈証拠・人証略〉)。

(九)  原告梅景に対する懲戒処分

原告梅景は、昭和六二年六月二〇日頃、酒気を帯び、森田に対し、「塚田のタイムカードを付けないのはどういうわけだ」と声を荒げて詰め寄り、森田の説明に耳を貸さず、「てめえ、ふざけやがって、話があるからちょっと来い」と怒鳴った。これにより、被告会社は、同原告を懲戒処分にした。但し、始末書を取れる状態でなかった。

原告梅景は、昭和六二年七月六日午後七時頃、被告会社に電話し、応対に出た女子従業員菰田に対し、「公害問題で役員を出せ」といい、菰田が「不在中ですが、あなたの用件は」と尋ねると、「てめえ、ぶっ殺してやる」等と強迫した。菰田は、原告梅景が出勤すると何をされるかわからないとおびえ、翌七日、八日の二日間欠勤した。

これにより、被告会社は、同原告を懲戒処分に処した(〈証拠・人証略〉)。

(一〇)  現像液廃液流出事故について

被告会社では、PS現像液の廃液を毎週、訴外相田化学に回収に来てもらっていたが、昭和六二年七月六日、同化学が回収に来た際、同廃液がなくなっていることが分かった。原告大谷は、同日、一旦被告会社に出勤した後、午前九時一〇分に行われる一声運動委員委嘱式に出席するため、戸塚警察署に赴いていた。

翌七日出勤して来た原告大谷に対し、被告会社は、「著しく会社内の秩序を乱していること、PS現像液の管理を怠って問題を引き起こしたことにより、七月八日より二週間の出勤停止を命ずる」旨の文書により、同原告を懲戒処分にした。

同原告は、これが濡れ衣であるとして、知人の訴外暮田昭吉を介して戸塚警察署や豊島区役所公害課に通報し、係官を被告会社に派遣してもらった。

しかし、PS現像液廃液流出の原因、真相は明らかにならなかった。

なお、前週の昭和六二年六月二九日に相田化学が右廃液を回収に来た際も、これがなくなっていた(〈証拠・人証略〉)。

(一一)  原告らに対する本件懲戒解雇について

原告大谷は、右出勤停止期間が経過してからも被告会社に出勤せず、板橋中央総合病院で健康診断を受けていた。また、原告梅景も、昭和六二年七月八日頃から、被告会社に出勤せず、熊谷医院や板橋中央総合病院で健康診断を受けていた。この間、被告会社に対し、原告梅景は昭和六二年七月一〇日に、同大谷は同月二〇日に、欠勤届を提出したが、診断書を提出しなかった。

昭和六二年七月二九日、原告両名が出勤すると、被告会社事業所出入口に、「原告梅景については、勝手に被告会社指定以外の病院で検査及び診断を受けたこと、原告大谷については、前記出勤停止処分と同一の理由をもって、原告両名を解雇する」旨の掲示がなされていた(〈証拠・人証略〉)。

(一二)  本件懲戒解雇後、原告らのとった行動

本件懲戒解雇後、原告らは、被告会社に対し、内容証明郵便等をもって、抗議の意思表示をした。

被告会社は、昭和六二年九月一八日頃、労働基準監督署の是正勧告に従い、原告梅景に対し、解雇予告手当三〇日分及び時間外手当の合計四九万五七六一円を、原告大谷に対し、同四一万三五五九円を、各送金した。原告らは、同年一〇月二六日頃、右時間外手当を受領したが、解雇予告手当については受領を拒否し、これを供託した。

昭和六二年一二月頃、原告両名から、被告会社を相手方として調停申立がなされたが、翌昭和六三年三月頃、不調に終わった。

被告会社を懲戒解雇された後、原告大谷は、平成四年五月から専門学校に就職したが、原告梅景は、転々として職が定まらない(〈証拠・人証略〉)。

二  共同不法行為の成否

まず、被告会社のした原告らに対する懲戒解雇の有効性について検討するに、前記一(八)に認定した昭和六二年七月一日施行にかかる就業規則(〈証拠略〉)七九条によれば、懲戒解雇事由が次のとおり規定されている。すなわち、正当な理由なく、又は届出を怠り連続一四日以上欠勤した時(一号)、重要な経歴をいつわり、その他不正な方法を用いて採用された時(二号)、会社の許可を得ないで、在籍のまま会社の就業に支障ある他の定職についた時(三号)、会社内において他人に暴行・脅迫を加え、又はその業務を妨げた時(四号)、会社の秘密をもらし、又は会社の関係書類その他を無断で持ち出し、コピーしたり、もしくは持ち出そうとした時(五号)、故意又は私益のため、職務に関し社外より金品、その他の利益を受けた時(六号)、故意に建造物・設備・材料その他を損壊もしくは紛失し、会社に損害を与えた時(七号)、刑罰法規に定める違法な行為(前号中これに該当する行為を除く)を犯し、事後の就業に不適当と認められる時(八号)、数回懲戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込みがない時(九号)、その他諸規則、達示に違反し、その情状特に重い時(一〇)、前各号の一に該当し、その情状特に重い時(一一号)、その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があった時(一二号)と規定されている(この点に関し、被告会社及び被告木ノ内は、就業規則第二節懲戒の前文所定の事由に基づき、原告らを懲戒解雇したと主張するが、同規定は、懲戒に関する一般規定であり、懲戒解雇事由を具体的に定めたものとは解されないから、右規定を適用するのは相当でない)。

しかるところ、原告梅景については、前記一(一)認定のように、被告会社は、同原告を「勝手に被告会社指定以外の病院で検査及び診断を受けたこと」との理由をもって懲戒解雇したものと認められるところ、右理由は、前記就業規則七九条各号所定の懲戒解雇事由のいずれにも当たらず、右理由をもって懲戒解雇することはできないと解するほかない。しかしながら、原告梅景は、前記一(九)認定のように、昭和六二年六月二〇日及び同年七月六日の二度にわたって懲戒(就業規則七七条一号に定めるけん責)を受けていること、前記一(一)認定のように、同原告は、昭和六二年七月八日頃以降、予め被告会社の許可を得ることなく被告会社を欠勤しており、同月一〇日に欠勤届(〈証拠略〉)を提出したものの、就業規則三〇条に定める診断書の提出をしなかったこと、及び同原告の日頃の勤務態度に照らすと、同原告について、就業規則七九条九号、一〇号、一一号所定の懲戒解雇事由があるものと認められ、被告らが同原告を懲戒解雇したことをもって、違法性があるということはできない。

次に、原告大谷についてみるに、前記一(一)認定のように、被告会社は、「著しく会社内の秩序を乱していること、及びPS現像液の管理を怠って問題を引き起こしたこと」との理由をもって懲戒解雇したものと認められるが、PS現像液廃液の流出事故については、前記一(一〇)認定のように、その原因、真相は明らかにならなかったのであり、その責任を原告大谷に帰せしめるのは相当でない。そして、「著しく会社内の秩序を乱していること」との点については、昭和六二年五月以降、同原告がとった前記一(七)認定にかかる行動等を指すものと認められるが、確かに同原告がなした要求は、余りに多岐にわたるうえ、性急に過ぎ、これにより、被告会社に困惑、混乱を生ぜしめたことが窺われる。しかしながら、原告大谷がなした前記要求は、残業制度や労働衛生設備の改善等、それ自体正当性を欠くとはいえない要求が主たるものであり、同原告の右要求があって、被告会社では就業規則等の作成、三六協定の締結、有機溶剤作業主任者の選任等、当然なされるべきであった改善がなされたという面があることは、否定できないところである。なお、原告大谷が前記要求をなすに当り、手紙や内容証明郵便の送付という方法を取り、書面による回答を求めたことについては、これにより、同原告の職務遂行に支障をきたすことをできるだけ避けるという配慮があったことが窺われるから、一概に不相当ということはできない。そうすると、原告大谷については、就業規則七九条各号所定の懲戒解雇事由に該当する程の著しく不都合な行為があると認めることはできないというべきであり、同原告に対する懲戒解雇は、無効なものというべきである。

従って、被告会社が原告大谷に対してなした懲戒解雇は、右認定のとおり理由なくなされたものであり、ことにPS現像液廃液流出事故に関し、原因が明らかでないのに、原告大谷にその責任を帰せしめようとしたことや、懲戒解雇の告知方法の不相当性等に照らしても、違法なものというべきである。そして、同原告について安易に懲戒解雇相当との判断をなすに至った被告会社及びその代表取締役である被告木ノ内及び同塚田には、過失が認められる。

故に、原告大谷に対する懲戒解雇について、被告らは共同不法行為責任を負う。

三  慰謝料

原告大谷本人尋問の結果によれば、同原告は、本件懲戒解雇を受けた後、平成四年五月六日に至るまで職に就くことができなかったことが窺われ、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、同原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料として金六〇万円をもって相当と認める。

四  結論

以上によれば、原告大谷の請求は、被告らに対し、各自金六〇万円及びこれに対する本件懲戒解雇後である昭和六二年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却し、原告梅景の請求は、全て理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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